神保町から届く声
本が好き
私の生まれた町には1軒も本屋がなかった。未だ農村の雰囲気を残す典型的な地方の田舎町である。本を手に入れるためには、大きな川を渡りとなり町まで自転車で1時間かけて行かなければならなかった。町に本がないと同時に、家にもほとんど本がなかった。すると必然的に本に触れ、読書をする機会が少なくなる。両親も友人も、本には縁がなかった。ただ、祖父だけが本を愛していた。私は祖父に導かれるように、本が好きになっていった。
神保町との出会い
私の読書体験には決定的な区切りが存在する。神保町探訪以前と、神保町探訪以後だ。
大学入学を機に上京し、東京には実に個性豊かな書店がひしめき合っていることに気がつき、色々な街に自転車で出かけて、大小様々な書店を巡った。最初は新刊書店だった。特に、池袋のジュンク堂を最初目にしたとき、あの地下1階、地上9階の建物の中の、圧倒的な本の量に心を打たれた。東京で新刊書店を巡るうちに、これまで全く目に入ってこなかった古本屋の存在にはたと気がつくようになった。それも離散しているのではなく、古本屋が集中してある。古本屋がたくさんある街なんて見たことがない。夢のようだった。その発見が、神保町との最初の出会いだった。
思い返せば、祖父からこんな昔話を聞いたことがあった。
東京には神保町という町全体が古本屋のようなところがあって、僕は昔東京に住んでいた頃、古本屋を友人と一緒に巡ったんだ。すると友人と僕とでは店で本を見るペースが違うから、あっちこっちの店を巡るごとにどんどん離れていって、お互いどこにいるのか分からなくなってしまうことがよくあった。
この話を聞いたのは、確か小学生の中頃の頃だったように思う。まだ若い祖父が古本屋さんに入って、一緒に来た友人のことなど気にも留めずに夢中になって好きな本を選び、一人で店を何軒も梯子するような風景を思い浮かべながら、きっと神保町は良いところなんだろうなあ、と思ったことを記憶している。
世界一の本の街
神保町は東京都千代田区にある。北に御茶ノ水、東に秋葉原、西には九段下と、とても恵まれた場所に位置している。歩いてみると、どこもとても近い。御茶ノ水と神保町と秋葉原を歩いて巡れるなんて、なんとも贅沢である。
また、「世界一の本の街」と呼ばれているほど、書店が集まっている街である。古本屋は170軒近くあるといわれている。他にも出版社や出版問屋の取次店、飲食店、周辺には大学や専門学校などが集まっており学生街としての一面も持つが、通りの周りを歩いていても、それほど学生が多いようには見えない。古本屋を臨むのは、かつては文学青年だったのだろうと思えるような年配の方や、研究者や本の収集家と思しきマニアックな人たちがメインであるように思う。

古本屋の立ち並ぶ風景と均一棚を覗く人びと(写真:筆者撮影)
古本屋のある風景は、見えないものまでをも引き寄せる。私の眼差しが、現在だけでなく、過去と未来とを同時に捉える。かつて大切な存在を喪った自分と、そのひとと過ごした過去を悼む現在と、これから過ごさなければならない自分の未来とが一体になったような風景だ。そこでは、誰かの記憶と自分の記憶が混じり合い、他人という本来ならばどうしても超えられない堰を軽々と超える。
古本に会いにゆく
文は人なり、という。ならば文が詰まっている本も、人である同理がある。本の中でも、古本にはきっと、数奇な運命を宿し、人生経験豊富なのだ。新刊書店の若者たちとは、顔も、声も、仕草も少し違う。何と表現してよいか分からないが、とにかく味がある。それに、会いたい本に中々出会うことが出来ないから、巡り会えたときの嬉しさは一入である。例えば、私小説はその多くが絶版となってしまい新刊書店の棚にはほとんど置かれていないが、古本屋ではまだ大切そうに棚に置かれている。井伏鱒二、尾崎一雄、上林暁、宇野浩二・・・本は読まれることを待っている。大切な友人たちが、畏れ多い偉人たちが、忘れられた、無名だが実力のある作家たちが、古本屋という空間と時間の迷宮のなかで静かに待っている。
かつて東京の大森で山王書房という古本屋を営んでいた故関口良雄氏は、著書『昔日の客』の中の「古本」というエッセイで次のように書いている。
私は店を閉めたあとの、電灯を消した暗い土間の椅子に坐り、商売ものの古本がぎつしりとつまつた棚をながめるのが好きである。(中略)店の棚を眺めてあの本、この本に思いを寄せていると、もう何年ともなく棚の上に埃をあびたままでいる久米正雄の本に目がついた。開店の頃だからもう十年近くにもなるだろうか。「破船」「螢草」などの二十数冊の本は、棚に根が生えたように動こうともしない。それでも私はこの久米正雄の本を売れないからといつて、古本市場に出して処分する気にもなれないでいる。
買う側かしてみれば、古本屋は古本に会いにゆく場所だが、売る側からすると店の古本は、商品である以上に大切な家族でもある。古本屋業は、本があまりにも好きな人は向かないかもしれない、所有者が蔵書を売る時の悲しみがあまりにもわかりすぎるから。
古本から立ち上がる風景
古本は、長い年月を経て人から人へ渡り、多くの人に読まれ、今まさに偶然的に古本屋の棚にある。当然、以前の持ち主の痕跡が本のそこかしこに残っている。これまで出会ったもので言うと、例えば、新聞の切り抜き。以前購入した、小林秀雄の全集の各巻に、小林秀雄に関する様々な新聞記事が挟んであった。あとは一度だけ押し花が挟まれていたことがある。本を持って散歩に出かけ途中に摘んでページの栞変わりにしたのだろうか、それともただ、目の前に美しい花があったから、思わず挟み込んだのだろうか。ゆったりとして微笑ましい風景が浮かぶ。文中に書き込みもある。最後のページに、読後感を書き付けている本にも出会ったこともある。

小林秀雄全集に挟まれた、氏に関する1979年の新聞記事(写真:筆者撮影)
たくさん書き込んでありとてもよく読まれたと思われる本でも、状態がとても良いものがある。そんな時は、さぞかし本を大切に扱っている、前の持ち主の性格や、端整にその本を読んでいるその姿などが浮かぶ。本に残された痕跡から、こちら側の想像力で、今ここにはない、かつてあったどこかの風景が立ち上がる。物言わぬ本が、過去の物語を雄弁に語っている。
本と人の関わりの歴史を意識した瞬間、ただ一冊の古本から、それを手にした人にとっての無限の人生の解が導き出されないだろうか。つまり、一冊の本が秘めている歴史が異なるならば、実は同じタイトルの本であっても、こちらの読書体験は全く異なるものになる可能性があるということだ。
だから、古本の読書はただ本に書かれたことを解釈する営みだけではなく、前の読者の人生に触れる営みでもあって、そのような体験全部含めて読書というのだろう。私にとって、古本を読む醍醐味の多くはそこにある。
思い出に導かれて
神保町での思い出話を楽しそうにしてくれた祖父は、昨年の12月に亡くなった。きっと私が今、ますます神保町と古本に惹かれるのは、亡き祖父の面影を追っているからかもしれない。今から65年前、次から次へと古本屋に入っては本を眺めていた祖父の姿を、この街のどこかに感じられるからなのかもしれない。街の姿かたちは変わっても、思い出は消えることはない。大切な人のいる神保町の風景が僕を支えている。それがたとえ、一度もこの目で見たことのない風景であっても。
